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ALWAYS三丁目の夕日 '64

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女房と映画「ALWAYS三丁目の夕日 '64」を観に行って来た。
せっかくなので3D版を観たのだが、物語自体を楽しむなら2D版で充分だと思った。ただし、オープニングの東京タワーは3Dの面白さを感ずるアングルだな。
それと、3Dメガネをしていると、涙が拭けない・・・これは困りものだ。(笑)
物語自体は面白かった。良いストーリーだと思うのだが、最後の茶川先生のエピソードは毎回同じ画面を見せられるようで、ちょっと違う演出はなかったものかと思ってしまう。
1では家族の絆を求めて淳之介を追いかける・・・。ところが今回は家族の絆を確信したからこそ淳之介を追い出す。そんな茶川先生に淳之介の台詞が重なっていく。
高度経済成長を迎えるあの時にみんなが感じていた「幸せとは?」という疑問。今、下り坂の日本にもういちど問いただされる。
「幸せとは?」

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ところで、鈴木オートに修理に来ていたクルマの中で、珍しい一台が目に留まった。
オート三輪の「ホープスター」だ。

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実はこの「ホープスター」は1952年(昭和27年)にホープ自動車株式会社から発売された日本初の軽オート三輪なのだ。鈴木オートのダイハツミゼットもこのホープスターのコピーとも言える。しかしホープ株式会社は映画舞台の1964年の翌年には自動車開発から撤退している。その時、自社開発した軽四輪駆動車「ホープスター・ON型4WD」をそのまま鈴木自動車が譲渡された。そのため、ジムニーのフロントグリルは敬意を示すためホープスターそのままなのだ。
 映画の中で鈴木オートの社長は語る「このまま自動車会社として世界に打って出ることはできないかもしれない」
 そう。この年、ホープ自動車は自動車会社としては廃業し、誰も手を付けなかった「遊園地向け乗り物機械」に進出し、今では世界有数のアミューズメント施設産業の企業「株式会社ホープ」になって行くのだ。くしくもホープ自動車のあった場所は「東京都港区」鈴木オートと重なる部分も多い。
 夢と希望に満ちていた時代だったのかもしれない。

 さらに、茶川先生の実家として撮影されたのは、長野県伊那市高遠の旧馬島家住宅。通夜で飲まれる酒も地元の漆戸醸造の「井の頭」の復刻ラベルだったりする。


三丁目の夕日’64 映画化特別編 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)三丁目の夕日’64 映画化特別編 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)
(2012/01/13)
西岸 良平

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